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キャンパスブログ バンクーバーキャンパス 教科書に載っていない日本人の歴史 ~ホリイアキさん~

Asahiのユニホーム
Asahiのユニホーム

みなさんは映画「バンクーバーの朝日」を見ましたか?
19世紀末から20世紀初めにかけ、仕事を求めたくさんの日本人がカナダに移住しました。ここバンクーバーではその日本人が「日本人街」を形成し暮らしていました。
その日本人たちが作った野球チームが「Asahi」で、はじめのころはカナダ人相手に全く歯が立たなかったものの、1919年にはなんと!マイナーリーグにあたるインターナショナル・リーグで優勝するまでに至りました。
そんな折、世界は第二次世界大戦に突入、アメリカと同盟国であったカナダは日本と敵対関係になり、日本人の野球チーム「Asahi」も解散せざるをえない状況となりました。
 
先日、そんな激動の時代を生きてきた日系カナダ人2世「ホリイ アキさん」の貴重なお話を聞きに『日系プレイス』というところに行ってきました。
アキさんは第二次世界大戦中の1942年から7年間“見た目が日本人”というだけで、「敵性外国人」とみなされ、ロッキー山脈の東にあるリルエットの日本人収容施設に強制収容されました。冬の気温はマイナス30度まで下がることもあり、電気も水道もなくそこでの生活はとても過酷なものだったそうです。そのような状況でも日本人たちはたくましく生き抜き、そんな姿にリルエットの人たちも好感を持ってくれて、アキさんは町の高校を無事卒業しました。
幼少期のアキさんはカナダで生まれたカナダ人として周りの子どもたちと一緒に小学校に通い、放課後自身のルーツである日本語を学ぶために日本語学校に通っていたそうです。
当時のアキさんには「日本人」だとか「カナダ人」といった概念は無かったそうですが、戦争が始まったことにより自分のルーツが「日本人」であることを強烈に突きつけられたそうです。
終戦後アキさんはお父さんの仕事を手伝いながら大学に通い、卒業後ホームドクターとして働きました。その後、British Colombia大学の教授などを経て、今現在は当時の日系カナダ人の生活の様子を後世に伝えるお仕事をしています。
 
そう遠くない昔にそんなことがあったのだ、という驚きと日本人のたくましさに胸がうたれました。
教科書で習うことのない日本とカナダの歴史を身近に感じる一日となりました。
 

アキさんの貴重なお話
アキさんの貴重なお話

日系カナダ人のリアルな思い
日系カナダ人のリアルな思い

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