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KTC-TOPICS What's New 更新情報 [広報]2015.7.04 神戸新聞掲載<特別授業「戦争体験」を聞く>

KTC中央高等学院 姫路キャンパスで黒田権大さんによる特別授業「戦争体験」が、7/4(土)の神戸新聞に掲載されました。以下、掲載内容です。


惨状「今も思い出す」
当時旧制中4年 黒田さん体験語る

  太平洋戦争末期の1945(昭和20)年7月、姫路の市街地は米軍の空襲で壊滅的な被害を受けた。それから70年を迎えた3日、当時旧制鷺城中学校4年で戦禍をくぐり抜けた黒田権大さん(86)=姫路市東延末=が、同市のKTC中央高等学院姫路キャンパスで平和授業の講師を務めた。生徒約35人に体験を語り、「戦争は大量殺人。戦争で平和はつくれない」と訴えた。

  45年7月3日午後11時50分ごろ、米軍の爆撃機B29 107機が姫路に飛来。4日午前1時29分に至るまで焼夷弾を投下した。死者173人、行方不明4人とされる。総戸数の4割が焼け、約4万5千人以上が被災した。
  黒田さんは戦時下の少年時代を「戦車や軍艦のおもちゃ、戦争ごっこで遊んだ。みんなが戦争に行く時代。将校になりたかった」と振り返った。
  42年、姫路城内にあった鷺城中(現・私立姫路高校)に進学。だが戦局は悪化し、1日3時間の軍事教練で学園は軍事色に染まった44年には勤労動員にかり出され、航空隊に志願する級友の姿に「自分も早く兵隊になりたい」と願った。
  迎えた45年7月3日。「ウー」という空襲警報が鳴り、東延末の自宅から北を見ると「駅周辺がパッと明るくなった」。父親は出張中で母親と祖父母がいた。祖母は体が不自由で「どこにおっても死ぬときは死ぬ。はよう逃げなはれ」と動かない。家を出て近くの田の水路に隠れた。「シュッ、シュと音を立て、目の前に40本ほどの焼夷弾が刺さった」
  自宅は燃え落ちた。近所の人と焼け跡を掘り起こし、祖母を見つけた。「真っ黒な済。遺体というより物体」だった。市街地は「見渡す限りのがれき」。焼け死んだ牛馬や焼け跡特有の臭いを「今も思い出す」という。空襲で大やけどを負った祖父も亡くなった。兄も戦没した。
 「戦争は被害を強調する話になるが」と黒田さん。「被害者になる前は侵略の加害者でもあった。だからこそ、二度と加害者になってはいけない」と若い世代に語りかけた。

(神戸新聞 2015年7月4日)

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